●50代のおっさんが包丁を砥ぎながら”生きる虫”の話を回想する閑話。

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意外に思うかもしれないが現在僕はプログラムを生業にしている。 企業が日ごろ手作業で行っているPC処理を自動化するのが主な仕事だ。 耳ざわりの良い言葉で言うと業務の効率化だ。

コロナの影響下で売上が低迷し人件費削減を考える企業は少なくない。 恩恵を受けている身だが、正直に言うと僕はこの仕事が好きではない。 

決まった事を決まった手順で決まった時間に終わる仕事と違いメリハリを付けるのが難しいのだ。 そんな分けで僕も他の同業者と同じく夜行性を余儀なくされている。

何かの処理を実行するプログラムのアルゴリズムは作り手によって三者三様であり顧客要求もまた同様である。 故にアイディア勝負みたいなところがある。

このアイディアを日々濡れぞうきんを絞るが如く絞り出すのである。 この生業を始めた当初は「これが生みの苦しみか~~。」と夜中によく頭を抱え悶絶していたものである。

作業自体は小説家に近いのかもしれないが、創作物が生み出す収入のレバレッジ格差は小説家と比べるまでもなく、アホらしくなる事がよくある。

このアホらしくなる感情を抱くあたり、普段、「詫び錆び」がとか天然砥石が生み出す波紋が―とか言っている筆者であるが、ただの俗物である良い見本かもしれない。

そう思った時、僕は禅宗の無念、無想、無住を頭の中で反芻する様に心がけている。 要はメンタルコントロールである。

パソコンの調子が悪くなった時に行うデフラグチェックやレジストリクリアと同じ様な事を脳ミソに実施すのである。 

要は、たまり過ぎた情報の整理や断片化による偏りを解消する作業だと思ってもらいたい。

この作業を行う上でパソコンは簡単で良いなと思う。 マウスをカチカチ操作すれば直ぐに終わる。 しかしながら脳ミソは勝手が違う。

マウスもキーボードも付いていない。(当たり前だ)

さて、前記したこの無念、無想、無住だが一言で説明するなら、「とらわれるな」と言う意味だ。

・無念:自分の中にある、不安、期待、恐れ、嫉妬、等の心の内から発する感情にとらわれるな。


・無想:五感を通して感じる、美醜や誘惑、外から受ける色々な事象にとらわれるな。


・無住:優位な立場や名誉その他もろもろの自分のポジションに留まるな(住みつくな)。

これらの事を事あるごとに繰り返し自分に言い聞かせる事で日々何かに洗脳されているであろう僕の脳ミソの偏りを解消させるのである。

もし読者の方々が生き詰まりを覚え苦しくなった時は思い出して欲しい。 それでも解決しない場合は”生きる虫”になる事をお勧めする。

この”生きる虫”とは何か、なぜそう思うに至ったか経緯をご説明しようと思う。

何か凄いエピソードの様な始まり方だが、大した事はない非日常で教えられた些細な教訓の話だ。 出来るだけ脚色を排除し詳細に再現しようと思うww

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当時まだ僕が若かりし日の話で。携帯電話関係のエンジニアをしていた僕は忙しく中国と日本を行き来する生活が続いていた。

休みが取れると、源流釣行が趣味だった僕は長野県のとある渓谷に足繁く通っていた時期がある。釣竿とザイルを担ぎ何時間もかけて川を昇る、いわいる沢登り釣行というやつだ。

ディセンダーやアッセンダ―といった機材を使わないと辿り着けないその源流域は、人がめったに立ち入らない為、大岩魚の絶好のポイントで僕のお気に入りの場所だった。 

ある日、いつもの様に源流域に来たが釣果が伸びず帰り支度をすませ沢を下っている途中、前足の無い鹿を見た事がある。無いというか、今さっき無くなったという感じで前足の傷はまだ生々しく見てとれた。

おそらくは猟師が仕掛けた罠に掛かり何時間も脱出を試みた為にちぎれたのだろう。岩魚が潜んでいそうな綺麗な淵でその鹿は静かに水を飲んでいた。僕はその光景を少し小高い岩の上から隠れる様に眺めていた、というより

ふいに現れた異様な光景に身動が出来ないでいた。 人間なら悶絶するくらいの怪我を負っているのに、呆れるほど悲壮感が感じられない。何でも無いかのように佇んでいるその姿には荘厳で堅牢な意志が宿っている様に見えたからだ。

決して大げさな比喩ではなく、まるで「生まれてくる時と死ぬ時は神様が決める事。僕はただ無心に生きる。」と言っているような意志。そんな光景をぼんやり見ながら以前、彼女に聞いた話を思い出していた。

彼女は兼業農家の次女で幼少の頃より親戚と農閑期によく狩猟をしに山に入っていたらしい。 そんな経緯で山で起こった事や不思議な言い伝えなど事あるごと僕に話してくれた。

飲み会の席で何故かまた狩猟の話題になった時に、何でも野生の動物は熊からネズミに至るまで 「生きる虫」なんだとか。 山の神がどうとか語り始めたので適当に相槌を打ちながら聞いていた。


【僕】どういう事? 虫って何? 何で虫?

【彼女】ほら勉強の虫とか、本の虫とか言うでしょ? 何て言うか~、生きる事以外、考えていない感じよね?  拙者、芋焼酎梅干し入りを所望いたぁーすぅー。

【僕】いやいや普通色々考えてるだろ~ww

【彼女】人間の場合はさぁー怪我や病気したら色々悩むよね、仕事は続けられるかなぁとか、保険はおりるかな~とか、家族の行く末とか。 あっ虫だぁ~~www。 芋焼酎ー瓶ごと持ってきて~~。

【僕】飲み過ぎじゃね?

【彼女】それで悩んで死んじゃう人もいるでしょ? 複雑なルールや嫌な人間関係が多すぎなのよ~。 その点、山のルールはシンプルよぉー。 生まれる時、死ぬ時、死んだ後は山神様に任せるの。 ちょっとぉー聞ーいてる?

【僕】聞いてる、聞いてる。(白目)

【彼女】そんでねぇ、どんだけ傷ついても弱っていても、ひたすら命を紡ぐ事だけを考えてるの。 まさに生きる虫...なんだけどさぁ~ 今日のTVカンファレンス! 部長のあの憎ったらしい顔見た~? 自分でやってから言ってみろってのよ~...

【僕】う~ん。 まっ まあいつも通りといえば、いつも通りだったかな。

【彼女】頭きたわよ~ 歩留まりがどぉ~したぁ~ 理不尽なスペック要求を撤回しろ~~っうっぷぅ!

【僕】面倒臭くなってきた。 放置しとこう。


山を降りて車を運転している時に、なるほどなーと さっきの生きる虫について妙に納得した事を今でも鮮明に思い出す。

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僕が携わってきた技術系の仕事は精神的にとても苛酷な環境だったと思う。 実際、何人も精神異常をきたし、亡くなった同僚もいた。過労死と報告される時、実は自殺だったケースが多い。

重責や人間関係の軋轢に負け自分の精神をコントロール出来なくなる事は、この業界では決して珍しい事ではないのである。

軋轢、怨恨、理不尽、これらに対する強烈な負の感情が心を壊すのに要する時間はさほど長く無いと思う。

多くの失敗を重ねてきた反面教師の意見になってしまうが、一つの結論がある。 「恨むな 忘れろ 休んで次に行け」 という事である。 相手の為にではなく自分の為に恨むなという意味である。

ひどく正当と思われるこの感情はとてもしつこい。 自分の目で見える世界を歪め、選択肢を狭め、自分自身を壊す毒になる。どうしても避けられない場合は逃げればよいが引きずるのは駄目だ。

辛くて息苦しい時や悩んでも答えが出ない時は、一時、”生きる虫”になればいいのである。 こうして山に教えられた教訓は人間社会で学んだ事より深く濃いものだったと今でも思う。 





岩魚岩男

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この記事へのコメント

CoffeeTree
2020年11月20日 23:49
難しすぎるよ~(´;ω;`)ウゥゥ
相変わらず、広範囲にわたっての博識、恐れ入りやした。

無人島の話の中では「知識!」か~。僕はそんな高尚な一言も思いつかないで今までの経験をもって飛び込むタイプかな⁈
ダイナマイトは作れないけど(笑)けど、甲種火薬類取扱保安責任者の資格は持ってました。過去形・・・ どーでもいい!

あまりわからないけど、要するに日ごろから立脚点をどこに置いて物事をなすかではないでしょうか?少しだけでも高ければ低い所が見渡せたり、プラス思考も見えてくるかもしれない。見えなきゃどうしたらできるか!
の繰り返しでいいんじゃないかと私は思ってます。
幼稚な思考で申し訳ないですが・・・



岩魚岩男
2020年11月21日 00:18
お~~~初返信。 感動です!! 
CoffeeTreeさん、いつも楽しい動画、有難う御座います。
機会があればいつかyoutubeにも挑戦してみますね。